村上春樹、河合隼雄に会いにいく / 村上春樹 | [A] Across The Universe

村上春樹、河合隼雄に会いにいく / 村上春樹

一時期心理学に興味を持って、河合隼雄さんの本ばかりむさぼるように読んでいた時期がある。

ユング派だとか、何派だとか深いことはまったくわからないが、河合先生の書く本は、他の心理学の本よりも圧倒的にわかりやすい、という特徴があった。
権威主義的ではなく、実践者としての心理学、というスタンスが感じられる方だった。

そんな河合先生と村上春樹の本が出たときには驚いた。

当時、好きな二人がよりにもよって対談して本まで出すとは、まったくの予想外だった。

そして、あの村上春樹が河合先生の手にかかると、これまで誰にも見せたことのない素顔を読者に見せることになる。


村上春樹の作品、村上春樹自身に興味がない人は読んでも面白くないだろうが、過去から作品を読み続けているファンにとっては非常に興味深い対談になっている。



まず、村上春樹の初期の作品のテーマとなっているのが「デタッチメント」。
人間関係においても、社会との関係においても、初期の作品には「コミットメント」という概念が薄い。

友達である「鼠」と「僕」の関係にしても、驚くほどドライに描かれている。
そして二人とも現実社会での生活感がない。

そのドライともクールとも言える作風が一般に受け入れられるとともに、村上春樹は文壇からの「コミットメント」に辟易し始める。

そして、ついには村上春樹本人が日本から「デタッチ」することを選択し、欧州、米国と生活の拠点を海外に移す。

そこで彼が書いた作品は「ノルウェーの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」。
どちらの作品も、デタッチメントがテーマと言えなくもない。
そしてどちらの作品も「たいせつなもの」が目の前から消えてしまう物語だ。

海外生活が終わりにさしかかる頃、仕上げた作品が「ねじまき鳥」になる。
この物語はこれまでと一転して、テーマが夫婦間の「コミットメント」になる。
そして、主人公は「たいせつなもの」を一貫して探し続ける。

デタッチメントからコミットメントを経て彼は日本に戻ってきた。

その後、また彼は新しい境地へと向かいつつある。

河合先生の話の引き出し方が上手なので、村上ファンには必読の一冊。



ところで、村上春樹が村上龍について記述している文章はあまりないと思われるが、この本には珍しいことに少しだけ言及されている。

「ぼくは村上龍というのは非常に鋭い感覚を持った作家だと思っているのです。彼は最初から暴力というものを、はっきりと予見的に書いている。ただ、ぼくの場合はあそこへ行くまでに時間がかかるというか、彼とぼくには社会に対するアプローチが違うということはありますが。」






村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄 村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 8475