孤高のメス | [A] Across The Universe

孤高のメス

ずいぶん前に買ったのだが、すっかり忘れて本棚の奥の方でひっそりしていたこの本。
最近映画が公開されたことで思い出して、やっと読み始めることができた。

率直に面白かった。
きっと私に読まれる運命だったのだろう。

私にとって理想の医師がいるとすれば、この本の主人公である当麻鉄彦。

彼のような医者であれば、結果の如何を問わず、ほとんどの患者が治療方針、治療内容に満足することが出来る。

逆に言うと、この小説は現代医療の理想と現実のギャップの大きさに気づかせてくれる。
この文庫6冊に及ぶ長編小説のストーリーの幹は、外科医当麻鉄彦の医療と患者に対する真摯な執念だ。

その幹の枝葉として、脳死肝移植、大学病院による傘下病院への影響力の行使が実に効果的に描かれている。


10年以上前のことだが、私の娘がお世話になっていた某大学病院の主治医が、所属する診療科の部長とともに他の病院に移ることになった。
医師にも異動があるという事実を知らなかった私は、率直に主治医に尋ねてみた。

「先生だけ残っていただくことは出来ないのですか」

その優しい主治医はこう回答したことを覚えている。

「サラリーマンの異動の辞令と同じなんですよ。お父さんもサラリーマンだからわかりますよね。」

医者も「上」の顔色を見ながら仕事をしなければならないのだと、この時初めて知った。


この物語では、大学病院による「医師派遣機能」について、非常によく理解できるように書かれている。
研修制度が改悪された昨今では多少事情は異なるのだろうが、大学による病院への影響力の行使についてはこの本が書かれた当時とそれほど違いはないだろう。

技術力、人間性ではなく、派遣元の大学、年次によって左右される肩書き。
病院によく行く機会がある方で、なんとなくしっくりこない病院内での医者同士の人間関係を経験したことがあれば、裏にはこんな事情があったのか、と納得できるはず。

日本には非常に優れた、国民全員加入の健康保険制度がある。
しかしながら、国民全員が同質の医療の恩恵を受けることが出来るわけではない。
残念ながら医師によって治療結果に優劣が出るのであれば、やはり優秀な医師に診てもらいたいと思うのが自然だろう。

いつの日か、当麻鉄彦のような医師ばかりの世の中になっていることを願う。





孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
大鐘 稔彦
幻冬舎
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おすすめ度の平均: 4.0
4 自分が患者になった時役に立つ、術例解説
3 おもしろいが惜しい。
2 軽い
4 こんな先生がいれば・・・
4 ハードボイルドですな