[A] Across The Universe -5ページ目

村上朝日堂 / 村上春樹

村上朝日堂。


村上春樹が書く文章に安西水丸が挿絵を描くシリーズの第一弾。
文章と絵がかなりマッチしている。

元々は「日刊アルバイトニュース」に連載していた文章をまとめたものなので、読者の対象も限定的だったため、かなり軽めの文章と挿絵が心地よい。

思いっきり肩の力を抜いて書いていたであろう村上春樹が想像出来る。
一編一編が短いのでどこからでも始められるし、どこでも一旦やめることができる。

暇つぶしには最適なのだが、なぜこれほど軽いのか。
1980年代の初頭に書かれた文章のためだろう、意図的な悲壮感が全くない。

そもそもアルバイトニュースに悲壮感は必要ない。
今とは違うから。

改めて読み返してみると、今は亡き「全体がオレンジ色の銀座線」の車内の照明が一瞬消える話、など、あの時代を生きてきたものには、溜まらない懐かしさを感じる文章もある。
そうなんだよ。
初めて銀座線に乗ったときに、照明が一瞬消えたときには驚いた。
車内の色も薄いグリーンだったような。
ほんとに懐かしい。


そして、おそらくこの本の影響なのだろう。
私は村上春樹を想像するとき(もちろん写真で見たことは何度もあるが)、この安西水丸の独特なタッチの絵の本人を思い出してしまう。


まぁ、軽くて良い。





村上朝日堂 (新潮文庫)
村上 春樹 安西 水丸
新潮社
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おすすめ度の平均: 5.0
5 この軽さ、絶妙
5 村上朝日堂
5 インターネットも携帯電話もない時代に
5 駄文に隠れる天才性
5 深みのある面白さ






もし僕らのことばがウィスキーであったなら / 村上春樹

村上春樹夫妻による、スコットランドとアイルランドの写真旅行記。

それもウィスキーをめぐる旅。

写真を撮ったのが奥さんとのことだが、この写真が素晴らしい。
行ったこともないスコットランドやアイルランドの雰囲気が、見てきたようにわかってしまう。

おそらく、かなり写真が上手なのだろう。
おかげで、スコットランドとアイルランドはドンヨリした天候が多く、強い潮風が吹いているイメージが焼き付いてしまった。

村上春樹の旅行記と言っても、ウィスキーがメインなので他の旅行記とはやや趣が異なる。

ウィスキーが好きで村上春樹が好きでなければ、読む必要はないかもしれない。


私は単行本でこの本を読んだ当時、まさにシングルモルトにハマっていた時期だった。

通っていた銀座の古ーいBarで、同年代のバーテンさんに日々シングルモルトについて教えていただいていた。

そこで行き着いたのは、アイラ産のシングルモルトだった。

特に好んで飲んでいたのはボウモア。
味だけでなく、あの美しいボトルも大好きだったからだ。
今でも酒屋に行くと無意識にボウモアのボトルを探してしまう。

今となっては飲むことも少なくなったが、この本を読むたびにピートの香りと潮の香りが濃厚に漂ってくる。

この本で教わった、生ガキにシングルモルトをかけて食べる、という贅沢な食べ方は残念ながら試みたことがない。
どこかで食べさせてくれる所があるのだろうか。

そして、銀座のBarから突然姿を消してしまった、あのバーテンさんは今どこにいるのだろう。
Tさん。
本当にお世話になりました。





もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
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おすすめ度の平均: 4.5
5 ショットグラスでストレートを飲むような
4 旅の仕方がなんか粋・・・
5 アロマさえも感じる様だ
5 好きなマンガのような本
5 スコッチの本場の風景が素晴らしい






TVピープル / 村上春樹

短編を読むだけではわからなかったものが、彼の長編を読むことによって明らかにされることがある。


この短編の中の作品、「TVピープル」と「加納クレタ」については、「ねじまき鳥」に関連している。

最初の短編「TVピープル」は、語感が何となく1Q84に出てくる「リトルピープル」に似ている。
そして、その存在自体が不可思議なところもそっくりだ。

しかし、主人公の妻が家に戻って来なくなるという設定は「ねじまき鳥」で展開される話だ。

また「加納クレタ」は、そのまま「ねじまき鳥」に姉のマルタとともに登場する人物である。
この短編からは、クレタの「犯されやすい」性質が「ねじまき鳥」で使われている。

ただし、マルタの設定はまったく異なる。


その他の短編は、村上春樹独自のワールド全開だ。

「我らの時代のフォークロア」はどこまで行っても人生が交錯しない男女の話。
一本の直線に見える程近接して平行に走る二本の直線は、やがて交わることは可能なのか。
交わらないとしたら、それは時代のせいなのか。


非常にシンプルなホラー「ゾンビ」。
最後の一行「彼女は目を閉じた。続いているのだ。」

この一文だけで、読者は村上春樹を感じるのだ。
彼らしさをわざと出そうと計算した一文であるならば、さすがだ。


そして、賛否両論があるだろう「眠り」。

眠れない女の話。
ストーリー、展開ともにまさに村上なのだが、どうしても私には結末を受け入れるのが難しい。
何度読んでも違和感をぬぐい去ることができない。


だから、本棚にこの短編集を見ると必ず「眠り」を思い出してしまう。
そして、違和感を感じてしまう。




TVピープル (文春文庫)
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村上 春樹
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おすすめ度の平均: 4.5
5 異世界への扉のような。。。
4 移行期の作品集:「感傷」と「闇」
5 無重力空間を漂っているような一冊
4 不思議さ100%
4 「眠り」は面白い!






回転木馬のデッド・ヒート / 村上春樹

村上春樹が、小説を書く上で人から見たり聞いたりした内容。


それはある部分は長編小説にの一部として活用されるかもしれないが、ある部分は不要なものとして彼の記憶の中に埋もれていく。
しかし、そんな不要物の固まりが自ら意思を持って表面に出て来ようとすることがある、と彼は言う。

そうやって表面に出てきた事実の破片が、この「回転木馬のデッド・ヒート」だ。


この本は8つの短編からなっている。

そのひとつひとつがそれぞれにまったく異なる特徴を持ち、当然だがリアリティを持って私たちに迫ってくる。
原則として事実に即して書かれているからだ。

私はこの短編集に出てくるような事態に遭遇したことは一度もない。

しかし、生きていればこの先、いずれかの話に似た話を自分以外の人から聞かされることがあるような気がする。

そして、残念ながらこの短編集に網羅されている話はすべて愉快な話からは遠いところに位置している。



ドイツ人用の半ズボンが原因で母が夫と娘を捨てた話【レーダーホーゼン】。

上手くもないチェコ人の画家から買った何気ない絵に描かれていた男に偶然出会う【タクシーに乗った男】。

人を傷つけることが天才的に上手い女が人生でたどり着いた先は【今は亡き王女のための】。

出版社に勤め不倫をしていた女が職を失い、休暇中に男を買う話【雨やどり】。


特に私が好きなこの4つの話は事実であるにもかかわらず、作り話のように完成されている。



あまり愉快な話ではないけれど、だからこそリアリティに溢れている。






回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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おすすめ度の平均: 4.5
3 タイトルは映画の引用だった
4 村上ヒアリングの成果?
3 事実に即した小説の憂鬱
4 考えてみたら
5 不思議に引き込まれる物語の数々、子どものころ絵本を読んだ感覚






かぼそい声で語る 私の話を聞いて

好きな歌手のPVくらいしかチェックしないけど、
いきものがかりの今回のPVは神懸かり的にすばらしい。

ケツメイシの「さくら」以来の感動。

聖恵ちゃんの声と水野君の曲。
これは本当に名作。

ちょっと心が弱っている方はハンカチの準備を。

















レキシントンの幽霊 / 村上春樹

短編小説もうまい村上春樹。

そのなかでもこの短編集はやや異色だろう。

書き直された「めくらやなぎと眠る女」以外の短編は読後感が悪い。
読後感が悪い、というか遊びが無い。

「沈黙」などは救いようがない。
救いようがないだけならまだしも、夢にまで見そうだ。
実際にありそうな話だけに恐ろしい。

おそらく、トーンが似た系統の短編を集めたのかもしれないが、何度も読みたいと思うものではない。

と言いながら何度か読んではいるが、読むたびに落ち込む。


読み終えた後に、ザラッとした感触が残る話ばかり。

村上春樹の違った一面を見るためには、読んでおく必要がある一冊。


「めくらやなぎと眠る女」は「蛍、納屋を焼く」に収録されている文章を改訂したもの。
テイストを残したまま、うまく話が短縮されている。
この話だけ、この短編集の中では一息つくことができる物語だ。


ちなみに昨日の日経のコラムで取り上げられた「7番目の男」は、この作品に収められている。






レキシントンの幽霊 (文春文庫)
村上 春樹
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 4.0
4 この頃の春樹さんが好きだった…… 。
5 孤独を描いた短編集
5 彼だけ
5 魂の救済、そして光の射す方へ
5 いたぶり方が…






村上ラヂオ / 村上春樹

まぁとにかく読みやすい。

これほど軽い文章なのに、書き手が村上春樹だとわかってしまうところが村上春樹だ。

事前になんの情報もなく読み始めても、読み進むうちにこれは週刊誌か何かの連載でいつもとは違うターゲットに向けて書かれている文章であることがわかってくる。

一つの文章が同じ長さでまとまっている。
凝った挿絵が各文に毎回掲載されている。
文章が軽くてわかりやすい。

敢えて村上春樹が読者を深みにはまらせないように、注意して文章を書いていることがわかる。

最後まで読んで、判明する。

村上春樹があの「anan」に一年間連載した文章だ。

なるほど、「anan」だったか。
言われてみればそんな感じの文章かも。

全編肩の凝らない緩やかさ。
いつでもどこでも誰にでも受け入れ可能な万能村上春樹と言った感じか。


この文章の中に「オブラディ・オブラダ」というビートルズがテーマの文がある。
導入部分で村上春樹が「イエスタディ」をこき下ろすのだが、私がこの文章を喫茶店で読んでいた時偶然にもかかっていた曲が「イエスタディ」だったことを思い出す。

ありがちなシンクロニシティだけど、そのせいでこの短編の中でも「オブラディ・オブラダ」だけは忘れることができない。

とにかく、村上春樹を読んだことがない人でも受け入れ可能な村上春樹である。





村上ラヂオ (新潮文庫)
村上 春樹 大橋 歩
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5 ほっこり。
4 朝飯前の読書。
5 食べ物の話
4 真っ白な嘘も満載
3 ゆるい風を感じる。






村上春樹、河合隼雄に会いにいく / 村上春樹

一時期心理学に興味を持って、河合隼雄さんの本ばかりむさぼるように読んでいた時期がある。

ユング派だとか、何派だとか深いことはまったくわからないが、河合先生の書く本は、他の心理学の本よりも圧倒的にわかりやすい、という特徴があった。
権威主義的ではなく、実践者としての心理学、というスタンスが感じられる方だった。

そんな河合先生と村上春樹の本が出たときには驚いた。

当時、好きな二人がよりにもよって対談して本まで出すとは、まったくの予想外だった。

そして、あの村上春樹が河合先生の手にかかると、これまで誰にも見せたことのない素顔を読者に見せることになる。


村上春樹の作品、村上春樹自身に興味がない人は読んでも面白くないだろうが、過去から作品を読み続けているファンにとっては非常に興味深い対談になっている。



まず、村上春樹の初期の作品のテーマとなっているのが「デタッチメント」。
人間関係においても、社会との関係においても、初期の作品には「コミットメント」という概念が薄い。

友達である「鼠」と「僕」の関係にしても、驚くほどドライに描かれている。
そして二人とも現実社会での生活感がない。

そのドライともクールとも言える作風が一般に受け入れられるとともに、村上春樹は文壇からの「コミットメント」に辟易し始める。

そして、ついには村上春樹本人が日本から「デタッチ」することを選択し、欧州、米国と生活の拠点を海外に移す。

そこで彼が書いた作品は「ノルウェーの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」。
どちらの作品も、デタッチメントがテーマと言えなくもない。
そしてどちらの作品も「たいせつなもの」が目の前から消えてしまう物語だ。

海外生活が終わりにさしかかる頃、仕上げた作品が「ねじまき鳥」になる。
この物語はこれまでと一転して、テーマが夫婦間の「コミットメント」になる。
そして、主人公は「たいせつなもの」を一貫して探し続ける。

デタッチメントからコミットメントを経て彼は日本に戻ってきた。

その後、また彼は新しい境地へと向かいつつある。

河合先生の話の引き出し方が上手なので、村上ファンには必読の一冊。



ところで、村上春樹が村上龍について記述している文章はあまりないと思われるが、この本には珍しいことに少しだけ言及されている。

「ぼくは村上龍というのは非常に鋭い感覚を持った作家だと思っているのです。彼は最初から暴力というものを、はっきりと予見的に書いている。ただ、ぼくの場合はあそこへ行くまでに時間がかかるというか、彼とぼくには社会に対するアプローチが違うということはありますが。」






村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
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アフターダーク / 村上春樹

渋谷での夜(11:56PM)から朝(6:57AM)までの、ある少女と家で寝ているその姉を取り巻く物語。

この本は村上春樹のやや実験的な試みを読み取ることができる。
物語を語るのは、特定された誰でもない。

空から、空間から、壁から人々を見つめる、実体のない「視点」が物語る。
その視点の推移によって、読者は場面を同じように転換させる。

いつものように、はっきりとした結末はない。
彼の作品は今までだって明確な結末はなかった。

ファミレス、ラブホテル、売春、暴力、引きこもり、ドロップアウト、家庭。

こうして、この物語のキーワードを抜き出すと、現代の縮図が浮かび上がるようでもあり、見えにくかった物語のテーマも明らかになるような気がする。

実は今日だって、この物語と同じ様な事態が渋谷では展開していてもおかしくない。
いや、きっと似た様な状況が展開しているんだろう。


外見からは想像出来ないような暴力を働いたあとで、早朝にエリートらしき男はセブンイレブンで牛乳を手にする。

朝までバンドの練習をし続けた若者が、朝飯を仕入れるためにセブンイレブンで牛乳を手にする。

まったく異質なものが、とある一点で無意味に交わる。




二本に交錯した線は、その後も交わることはない。

都会には様々な線が入り乱れている。
そこ(渋谷)で朝まで過ごすことがあれば、まれにいろいろな線に交わることがある。

太い線、細い線、赤い線、グレーの線、歪んだ線。

深夜(アフターダーク)には、明るい光で見え難くなっている線が、それぞれ鈍い光を放ってうごめいている。


この本を読むとカーティス・フラーの「ファイブスポット・アフターダーク」を無性に聞きたくなる。
これが「ひしひしと」いいんだ。





アフターダーク (講談社文庫)
村上 春樹
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おすすめ度の平均: 3.5
4 カメラワーク
1 つまらない。
5 実験作
1 駄作
3 村上春樹、はじめて読みました






雨天炎天 / 村上春樹

出版社は違うが、「遠い太鼓」の続編と考えて良いだろう。

1989年秋から村上春樹が訪れたギリシア正教「アトス」とトルコ一周の旅。

「遠い太鼓」からは違ってかなりシビアな旅が展開する。


女人禁制の地、ギリシアのアトス巡礼の旅に出かけるのは良いが、そこには幾多の困難が待ち受けていた。
そもそも巡礼の地だから、娯楽の要素は皆無。
娯楽の要素が無いだけならまだしも、修道院から修道院への移動は徒歩の上、道は険しい。
たどり着いた修道院は、修行の地であるが故に食事は非常に質素。

出版社の企画だとは言え、なぜこれほどまでに苦労して旅をするのか。

とある修道院では、カビが生えたパンを食べざるを得なくなる。


次に彼が回ったのはトルコ。

お人好しが沢山いることは理解出来る。
そして、トルコの置かれた国際状況が新聞よりも理解出来る。
複雑な歴史、多様な民族、国境を接する国々との軋轢。

アトスの旅行記に比べ、トルコの文章には戸惑いがみられる。
おそらく本当に戸惑っていたからだろう。

イスタンブール、カッパドキア。
観光旅行からだけでは理解出来ない、トルコの魅力満載。

とはいえ、やはり行ってみたい、という感想は持つことが出来ない。

アトスの禁欲的な行程。

ある種危険な雰囲気を感じるトルコ。


やはり村上春樹独特のエッセイであり、その地に行ってみたいとは思わない。


このエッセイ自体は何度読んでも楽しいのだけれど。





雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 142221
おすすめ度の平均: 3.5
5 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドを思い出す
5 旅情気分をそそられる
3 読み物としては…
5 雑な本
4 たまに読みたくなる本